ここ最近、「論理的思考とは何か」「考察の仕方(なぜそうなったのか?の仮説の立て方)」について学ぶ機会がありました。
この2つ…ゲームレビューには大切かもしれません。
どちらかといえばパッションを重視する私のレビュー

基本的に私のレビューは「正直でありのまま」「クリアして得た感情をそのまま記事に写す」「良いところも悪いところも書く」をモットーにしていて、個人のパッションを重視したゲームレビューとなっています。
ゲームレビューの例
その一方で『「客観視」を重視するほうがゲームレビューには適している』という声も見かけます。
それ自体は私も共感するところはあって、個人のブレる感情よりも客観視をして評価する方が合理的ですよね。
ただ、それって個人のゲームレビューである必要はあるのでしょうか。評価を見たいだけならChatGPTで聴いた方がより合理的です。
だから「客観視」だけのゲームレビューってつまらないし、「ここは賛否両論で私も~」とかまさにそうですよね。自分の感情を先行して言えよ!とか思っちゃいます(まぁ自分もやってそうだけど)。
そこで必要なのが「考察(なぜそうなったのか?の仮説の立て方)」なんだと思います。
悪いところはハッキリと「ここはダメだった」というのではなくて、「私はこう考える。それは見方によればすごいことだよね」みたいな感じ。
なぜ開発者は自分たちが悪いと思ったところをそうしたのか。そこには意図があるのかもしれないし、ないかもしれない。
ちゃんと考えた上でそれでも悪いと感じたなら「悪いところ」だと言うのが、考察と論理的思考を踏まえたゲームレビューです。
これのなにがいいって、「個人の考え」を重視しながらも合理的に考えるため、「客観視」を重視した評価のように納得感もあるということ。
「いや、それって当たり前じゃん?」と思う方もいるかもしれませんね。ただ、それができていないのが例えば「古参のFF界隈」ですよね。
「こんなのFFじゃない(個人の感情)」と一蹴するのではなくて、「なぜ開発者はここをFFらしくしなかったのか。おそらくそれは違う点でFFらしさを魅せようとした結果なんだ」と新しい視点で気づくこともたくさんあります。
まぁそれをただの消費者がやる理由はないでしょう。
ただ、少なくともゲームレビューする全てのクリエイターは少しでもこの「考察と論理的思考」を意識した評価ができるとまた新しいゲームが見えてくるんじゃないかなとふと思ったわけです。



